「躾(しつけ)」は、身が美しいと書きます。
誰から見ても正しく、誰から見ても美しい状況にしていくことが「躾」です。
この躾の役割について、この二十年くらいでいわれていることがあります。それは、以下のようなことです。
・・・以前が地域のみんなで子供をしかったりしていた。しかし、今では、体罰などの問題で学校の先生も子供を本気でしかれなくなった。核家族化が進み、しかってくれるおじいちゃんおばあちゃんも近くにいなくなった。近くにいても少子化の影響で、数少ない孫は可愛がってしまって、よくないことをよくないと言えない。親も仕事を抱えている関係で時間の共有が少なくなった。その状態でありながら、「うちは厳しくしている」と思ってしまっているので、やはり、子供に躾ができない。結果、子供は大人を大人と思わなくなってきている。経験や判断力が乏しいのに、大人と同じ目線で立つことができると錯覚している。誰が躾をしつけるのだろう。・・・
このようなことは、よく聞く話です。特に学級崩壊という問題のある場合は、よく出てきます。
では、どうするのでしょうか。正しいこと誰もが正しいと思うことなのです。ですから、その正しいことをしっかり全員で貫くことです。貫けずに妥協することが失敗なのです。そして、ここで重要視すべきことは、①子供も正しいことはわかっている。②時間をかけて集中して話す。③子供の問題点を理解する。などです。子供はわかっていないわけではありません。楽なほうにいきたいだけなのです。それを許してほしいということなのです。ですから、「気持ちを理解」して、でも「正しい方向」に向かわせることが、躾のポイントなのです。
勿論、この手の専門家は数多くいらっしゃいます。それぞれのご意見や理論もあります。しかし、子供の気持ちは、「正しいこともわかるよ。でも、この気持ちをわかってほしいんだ。」ということです。正しくしつけていくことは、子供の将来に大きくかかわります。大人の重要な役割です。子供の身を美しくしていきたいですね。
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